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2026年1月4日
同じ轍    

創世記20章1-18節 三宅真嗣牧師

 同じ失敗を繰り返してしまうことはないでしょうか?さて、信仰の父アブラハムもまた人間であり、私たちと同じように失敗を繰り返していることが分かります。この出来事からどんなことが示されているのでしょうか?

 

1.人は失敗を犯す

 アブラハムの人生を見てゆく時、さすが信仰の父だと思う場面もあり、どうしてこんなことをしてしまったの?とあきれてしまう場面もあります。アブラハムは、ソドムの町が滅ぼされた後、西に移動し、ゲラルという場所にたどり着きました。彼はエジプトでの失敗を繰り返すように、妻サラを自分の妹として偽って自己保身に走ってしまいました。アビメレクはサラを召し入れることになると、その夜、神が夢の中に現われ、強制的にストップをかけることになりました。アブラハムは100歳となり、約束の子イサクが与えられるという重要な出来事が起ころうとしていたタイミングでした。技術においては円熟期がありますが、罪に関しては、地上にいる限り、人は簡単に犯してしまうということが分かります。聖書はその事実を伝え、人は地上にいる間、不完全な者であることを伝えています。

 

2.神は回復を与える

 聖書は一つの原則があることを伝えています。神に頼ると成功するが、自分に頼ると失敗するということです。彼は自分の知恵に頼ろうとした時、神の導きを見失い、失敗してしまいました。いずれにしても、「主は、アブラハムの妻サラの件で、アビメレクの家の女たちの胎をすべて堅く閉ざしておられた」(18)ました。ゲラルの出生率は一時的に、0になってしまいました。どんなに富があり、高度な文明があり、強い軍隊があっても、半世紀子どもが産まれなかったら、その民族は確実に滅びてしまいます。命の創造は神様の御業であり、祝福です。さて、神様はゲラルの人々を回復するため、アビメレクに次にように語っています。「彼は預言者であるから、あなたのために祈り、命を救ってくれるだろう。」(7)神が欠点のあるアブラハムをお用いになるなら、イエス様の祈りはどれほど効果があるでしょうか。私たちは大祭司であるイエス様によって、癒され、究極的な回復が与えられるのです。

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